個人事業主本人の健康診断・人間ドックの費用は必要経費になりません。所得税法45条の家事費で、通達36-29が非課税にするのは「使用人」の健診だけだからです。従業員を雇っていれば安衛法66条で年1回の定期健診が義務になり、費用は福利厚生費で全額経費です。
この記事でわかること
- 本人の健診・人間ドックが経費にならない根拠(所得税法37条・45条・通達36-29)
- 従業員の法定健診の範囲と費用負担(安衛法66条・安衛則43〜44条・パートの対象)
- 従業員の人間ドック・オプション検査の3条件と、立替精算が給与になる落とし穴
- 青色事業専従者の健診が経費にならない理由(所得税法56条・57条・安衛法2条)
- 建設業・一人親方の現場入場用健診の扱いと記録の残し方
- 予防接種・ジム・産業医・ストレスチェックまで14場面の判定表、医療費控除との関係、仕訳と決算書の欄
公的情報源: 国税庁タックスアンサー No.2210 必要経費の知識/No.1122 医療費控除の対象となる医療費/No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除/所得税基本通達36-29/質疑応答事例「人間ドックの費用負担」/所得税基本通達73-4/所得税法37・45・56・57条(e-Gov)/労働安全衛生法2・13・66条(e-Gov)/労働安全衛生規則43・44条(e-Gov)/厚生労働省「労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう」(2026年9月閲覧。改正されるため最新は各公式でご確認ください)
従業員の健診費用を福利厚生費、自分の人間ドックを事業主貸に振り分ける作業は、レシート撮影と科目の選択だけで終わります。決算書の福利厚生費欄への集計も自動なので、年末に領収書を仕分けし直す手間がなくなります。
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結論を先に書きます
個人事業主の健康診断は、誰が受けたかで答えが変わります。事業主本人と家族の専従者は経費になりません。従業員の法定健診は義務で、費用は事業者が負担し全額が福利厚生費です。
健康診断を福利厚生として非課税にする通達は、雇っている人に向けた制度です。一人で仕事をしている個人事業主には、その制度に乗る相手がいません。
この記事の要点
- 本人の健診・人間ドックは家事費(所得税法45条)。事業のためでも生活のためでもある支出は経費に入らない
- 通達36-29が非課税にするのは「使用人」が受ける健診。事業主本人は使用人に当たらない
- 従業員がいれば雇入時と年1回の定期健診が義務(安衛法66条・安衛則43〜44条)。費用は事業者負担で福利厚生費
- 人間ドックやオプション検査を従業員に出すなら全員対象・一般的な内容・医療機関へ直接払いの3条件
- 青色事業専従者の健診は経費にならない。57条の例外は給与だけで、他の支払いは56条に戻る
- 一人親方の現場入場用健診は税務署の判断が分かれる論点。元請の要求文書と一緒に保存し、事業主貸に寄せるのが安全側
- 健診費用は医療費控除の対象外。重大な疾病が見つかり引き続き治療した年だけ対象に入る(所基通73-4)
関連: 個人事業主が経費にできるもの一覧(勘定科目18項目と家事按分)
個人事業主本人の健康診断・人間ドックは経費にならない|所得税法の条文で確認する
個人事業主本人の健康診断費用とは、事業主自身が受ける定期健診・人間ドック・がん検診などに支払った費用で、所得税では必要経費に入りません。理由は2つの条文と1つの通達で説明できます。
所得税法37条と45条:健康は事業のためでも生活のためでもある
必要経費に入るのは、収入を得るために直接要した費用と、業務について生じた費用です(所得税法第37条)。健康診断は、事業を続けるための土台に見えます。
一方で、家事上の経費とそれに関連する経費は必要経費に入りません(所得税法45条1項1号)。自分の身体の健康は、仕事をしていなくても保つもの。事業主本人の健診は、事業の支出と生活の支出が分けられない「家事費」 として扱われます。
家事と仕事が混ざる支出(家事関連費)は、業務に必要な部分を明らかに区分できれば経費にできます(所得税法施行令第96条)。ただ、1回の健診のうち「仕事のための部分」を金額で切り出すことはできません。家賃や車のように面積・走行距離で按分する余地がなく、区分できない支出として全額が家事費です。
通達36-29が非課税にするのは「使用人」の健診だけ
健康診断を福利厚生費で経費にできると言われる根拠は、所得税基本通達36-29です。使用者が役員や使用人の福利厚生のための費用を負担しても、著しく多額な場合や役員だけを対象にする場合を除き、受けた側に給与として課税しなくてよいという規定です(所得税基本通達36-29)。
主語は「使用者」、受ける側は「役員又は使用人」。個人事業主は自分を雇うことができないので、事業主本人は使用人にも役員にも当たりません。従業員に健診を受けさせる立場にはなれても、自分がその制度の受け手になることはできません。
法人の代表者なら、会社と個人が別の人格なので役員として健診を受けられます(役員だけを対象にすると給与課税)。個人事業主にはこの構造がないため、同じ人間ドックでも扱いが分かれます。
個人事業主の健康診断が経費になるかを決める順番
- その健診を受けたのは誰か
- 事業主本人家事費(事業主貸)所得税法45条。通達36-29の「使用人」に当たらないので福利厚生費にできない
- 雇用契約のある従業員・パート福利厚生費安衛法66条で実施義務。費用は事業者負担。オプションは全員対象・一般的な内容・直接払いの3条件
- 青色事業専従者(家族)原則は家事費57条の例外は給与だけ。他に従業員がいて全員が同じ健診を受ける場合に限り福利厚生費で説明できる
- 一人親方本人(現場入場のため)判断が分かれる安衛法の義務なし。元請の要求文書を保存し、安全側は事業主貸
分岐は「受けた人が使用人か」。金額・検査内容はその後の話
図:個人事業主の健康診断の経費判定は「受けた人が使用人かどうか」で最初の枝が分かれる
従業員がいる個人事業主の健康診断|法定健診は義務・費用は事業者負担で福利厚生費
従業員を1人でも雇っている個人事業主は、労働安全衛生法上の「事業者」です。事業者は労働者に医師による健康診断を行わなければならず、労働者にも受診義務があります(労働安全衛生法第66条1項・5項)。
義務になる健康診断の種類(一般健康診断・2026年9月時点)
| 健康診断 | 根拠 | 対象 | 時期 |
|---|---|---|---|
| 雇入時の健康診断 | 安衛則43条 | 常時使用する労働者 | 雇入れの際(3か月以内の健診結果の提出で省略可) |
| 定期健康診断 | 安衛則44条 | 常時使用する労働者 | 1年以内ごとに1回 |
| 特定業務従事者の健康診断 | 安衛則45条 | 深夜業・重量物・粉じん等の業務に常時従事する労働者 | 配置替えの際と6か月以内ごとに1回 |
| 特殊健康診断 | 有機則・鉛則・石綿則など | 有機溶剤・鉛・石綿等の業務に常時従事する労働者 | 雇入れ時・配置替え時・6か月以内ごと |
出典: 労働安全衛生規則第43条・第44条/厚生労働省リーフレット
定期健診の項目は11あります。既往歴・自覚症状・身長体重腹囲・視力聴力・胸部X線・血圧・貧血・肝機能・血中脂質・血糖・尿・心電図です(安衛則44条1項)。35歳未満と36〜39歳は、医師が不要と認めれば血液検査や心電図を省略できます。
パート・アルバイトはどこまで対象か
「常時使用する労働者」には、正社員だけでなく一定のパート・アルバイトも入ります。厚生労働省の通達(平成19年10月1日基発第1001016号)では、次の2つを満たす人が対象です。
- 期間の定めのない契約、または契約期間が1年以上(更新で1年以上になる見込みを含む)
- 1週間の所定労働時間が、同じ事業場の通常の労働者の4分の3以上
所定労働時間が通常の労働者の2分の1以上4分の3未満の人は、義務ではありませんが実施が望ましいとされています。週30時間のパートを雇っていれば、健診は義務 です。
費用は事業者負担=福利厚生費で全額経費
法定健診の費用は、法律で事業者に実施を義務づけている以上、事業者が負担すべきものとされています(昭和47年9月18日基発第602号)。従業員に自己負担させることはできません。
事業者が負担した費用は、福利厚生費として全額が必要経費です。従業員側でも給与として課税されません(通達36-29)。従業員1人あたり1万円前後の定期健診なら、迷う余地なく福利厚生費 です。
健診の結果は健康診断個人票を作成して5年間保存します(安衛法66条の3・安衛則51条)。常時50人以上の労働者を使用する事業場は、定期健診の結果を労働基準監督署へ報告する義務もあります(同法100条)。
人間ドック・オプション検査を従業員に受けさせるときの3条件
法定の11項目を超える人間ドック・がん検診・脳ドックは、義務ではありません。事業主が費用を出す場合、給与課税されずに福利厚生費で処理できる条件は3つです。
| 条件 | 内容 | 満たさないとどうなるか |
|---|---|---|
| 全員が対象 | 一定年齢以上の希望者全員が受けられる。特定の人だけを対象にしない | 対象者への給与(源泉徴収が必要) |
| 一般的な内容・金額 | 一般に実施されている人間ドック程度。著しく高額でない | 高額部分が給与 |
| 医療機関へ直接払い | 事業主が医療機関へ支払う(現物給付)。従業員が立て替えて現金で精算しない | 現金精算分は給与 |
出典: 国税庁 質疑応答事例「人間ドックの費用負担」(一定年齢以上の希望者全員が受診でき、受診者全員の費用を負担する場合は給与課税不要)
3つ目の「直接払い」は見落とされやすい条件です。従業員が窓口で払った領収書を持ってきて現金で渡すと、その金額は健診の現物給付でなく金銭の支給になります。会計上は福利厚生費に見えても、税務上は給与 として源泉徴収の対象です。人間ドックを福利厚生にするなら、医療機関と事業主が契約し、請求書を事業主宛にもらう形にします。
再検査・精密検査の費用は、法定健診の範囲外です。事業者に負担義務はなく、従業員本人が負担して医療費控除の対象にする扱いが原則です。事業主が負担する場合は上の3条件で判定します。
青色事業専従者の健康診断は経費になる?|所得税法56条・57条と安衛法2条で確認する
配偶者や親を青色事業専従者にしている個人事業主が、その家族の健診費用を払った場合、原則として経費になりません。給与は経費なのに健診は経費にならない理由は、条文の構造にあります。
57条の例外は「給与」だけ、それ以外は56条に戻る
生計を一にする配偶者や親族が事業から対価を受け取っても、その金額は必要経費に入りません(所得税法第56条)。家族への支払いを経費にすると、家庭内でお金を動かすだけで所得を減らせてしまうからです。
青色事業専従者給与は、この56条の例外として57条1項が認めた制度です。条文は「給与の支払を受けた場合には…必要経費に算入し、かつ、当該青色事業専従者の…給与所得に係る収入金額とする」と書いています。例外の対象は届出の範囲内の給与だけ で、健診費用のような給与以外の支出は56条の原則に戻ります。
専従者の要件は、15歳以上・その年の6か月超を専ら従事・生計を一にする配偶者その他の親族の3つです(国税庁 No.2075)。「生計を一にする」家族の健康を守る支出は、家庭の生活費そのものと見られます。
安衛法でも「同居の親族のみ」の事業は労働者がいない扱い
労働安全衛生法の「労働者」は労働基準法9条の労働者を指しますが、同居の親族のみを使用する事業に使用される者は除かれます(労働安全衛生法第2条2号)。夫婦2人だけで事業をしている場合、配偶者の専従者は安衛法上の労働者に当たらず、法定健診の実施義務も発生しません。
義務がない健診に払った費用は、「法律で決まっているから事業者が負担した」という説明が使えません。経費性を支える柱が、税法側でも労働法側でも立たない状態です。
他に従業員がいて全員が同じ健診を受ける場合
専従者のほかに雇用契約のある従業員がいて、全員に同じ法定健診・人間ドックを同じ条件で受けさせているなら、専従者の分も福利厚生費として説明できる余地があります。専従者は給与所得者として源泉徴収の対象になっており(No.2075)、他の従業員と同じ制度の一員だからです。
それでも56条の壁は残ります。家族の分だけ検査項目が多い、家族だけ毎年人間ドックといった差をつけると、家事費と判定されます。専従者を含める条件は「従業員と完全に同じ内容・同じ手続き」 に限られ、迷うなら事業主貸に寄せる方が安全です。
建設業・一人親方の健康診断|現場入場のための健診は経費になるか
建設業の一人親方は、元請の現場に入るときに健康診断の結果を求められることがあります。安全書類の一部として「1年以内の健診結果」の提出を入場条件にする現場が多く、受けなければ仕事ができません。この健診費用が経費になるかは、税務署の判断が分かれる論点です。
一人親方は安衛法上の労働者ではない
一人親方は誰にも雇われていないので、労働安全衛生法の「労働者」に当たりません。66条の健診義務は事業者が労働者に対して負うもので、一人親方本人には義務がなく、費用を負担する事業者もいません。
労災保険の特別加入をするときは、粉じん作業や振動工具などの業務歴に応じて加入時健康診断が必要になります(厚生労働省 労災保険への特別加入)。これは加入手続きの一部で、実施機関の名簿が公表されています。
「業務遂行上直接必要」と言えるかが争点
現場入場のための健診は、受けなければ売上が立たない点で、事業主本人の任意の人間ドックとは性格が違います。青色申告者は、取引の記録等に基づいて業務の遂行上直接必要だったことが明らかな部分を経費にできる規定があります(施行令96条2号)。
| 見方 | 根拠 | 結論 |
|---|---|---|
| 経費になるという見方 | 元請の入場要件で受診が売上の条件。任意の健診と違い、業務との直接の関連が記録で示せる(令96条2号) | 事業の支出として必要経費 |
| 経費にならないという見方 | 健診の便益は本人の身体に帰属し、生活と分けられない(所得税法45条)。法定健診の義務も費用負担者もいない | 家事費(事業主貸) |
国税庁のタックスアンサーや通達に、一人親方の入場用健診を経費と認めた記述はありません。公表された根拠がない以上、経費に入れるなら記録で戦う前提 になります。
経費に入れるなら残す記録、迷うなら事業主貸
経費計上する場合は、次の3点を健診の領収書と一緒に保存します。
- 元請から受け取った安全書類の様式・入場条件の文書(健診結果の提出が条件だとわかるもの)
- その現場の契約書・注文書と、健診結果を提出した日付の記録
- 受けた健診が法定健診と同じ項目の範囲にとどまること(人間ドック・オプションは含めない)
年に1回・1万円前後の健診であれば、税務調査で否認されても追徴は数千円です。一方、経費にしたことで調査の入口になるのを避けたいなら事業主貸に振ります。金額が小さい支出なので、どちらを選んでも損益への影響は限定的 です。判断に迷う場合は、税務署の個人課税部門か税理士に事前に聞いておくと、その回答自体が記録になります。
同じ「1年に1回の健診・12,000円」でも立場で扱いが変わる
- 義務
- あり(安衛法66条)
- 費用負担者
- 事業者(基発602号)
- 科目
- 福利厚生費 12,000円
- 従業員の課税
- なし(通達36-29)
- 義務
- なし(労働者でない)
- 費用負担者
- 本人
- 科目
- 事業主貸が安全側。経費計上は令96条2号+元請文書で説明
- 医療費控除
- 原則対象外(73-4)
費用も検査内容も同じ。違うのは「誰の健診か」と「法律上の義務があるか」
図:従業員の健診は義務と費用負担者が法律で決まり、一人親方本人の健診はどちらも決まっていないため経費性の説明が変わる
判定表|個人事業主の健康診断・予防接種・ジム・産業医など14場面の経費可否
健診まわりの支出は、健診そのもの以外にも予防接種・ジム・ストレスチェックと広がります。よく迷う場面を、経費の可否・勘定科目・条件の3列で並べました。
健康管理まわりの支出の判定表(個人事業主・2026年9月時点)
| 場面 | 経費 | 勘定科目 | 条件・根拠 |
|---|---|---|---|
| 事業主本人の定期健診(自治体・国保の健診の自己負担分を含む) | × | 事業主貸 | 家事費(所得税法45条) |
| 事業主本人の人間ドック・がん検診 | × | 事業主貸 | 同上。金額が大きくても扱いは同じ |
| 従業員の雇入時健診・定期健診(法定) | ○ | 福利厚生費 | 事業者の義務(安衛法66条・安衛則43〜44条)。費用は事業者負担 |
| 従業員の人間ドック・オプション検査 | △ | 福利厚生費 | 全員対象・一般的な内容・医療機関へ直接払い。外れると給与 |
| 従業員の再検査・精密検査・治療費 | △ | 給与または対象外 | 法定外。事業主が負担すれば原則給与。本人負担なら本人の医療費控除 |
| 青色事業専従者の健診 | × | 事業主貸 | 所得税法56条。57条の例外は給与のみ。従業員と完全に同一条件なら△ |
| 一人親方の現場入場用の健診 | △ | 事業主貸(安全側)/必要経費(記録で説明) | 公表された根拠なし。元請の要求文書+契約書を保存 |
| 労災特別加入の加入時健康診断 | △ | 事業主貸(安全側) | 加入手続きの一部。費用負担の有無は労働局の案内で確認 |
| 事業主本人のインフルエンザ予防接種 | × | 事業主貸 | 家事費。医療費控除も対象外(予防目的) |
| 従業員のインフルエンザ予防接種 | ○ | 福利厚生費 | 希望者全員が対象で事業主が費用負担。特定の人だけなら給与 |
| ジム・スポーツクラブの会費(事業主本人) | × | 事業主貸 | 家事費。健康維持は生活の支出 |
| ジム・スポーツクラブの法人契約(従業員全員が利用可) | ○ | 福利厚生費 | 通達36-29の「福利厚生のための施設の運営費等」。事業主本人の利用分は按分して事業主貸 |
| マッサージ・整体(事業主本人) | × | 事業主貸 | 家事費。治療目的で医師の指示があれば医療費控除の側で検討 |
| 産業医の報酬・地域産業保健センターの利用 | ○ | 福利厚生費または支払報酬 | 常時50人以上は選任義務(安衛法13条・安衛令5条)。50人未満で任意契約しても従業員の健康管理費用として経費 |
| ストレスチェックの実施費用 | ○ | 福利厚生費 | 常時50人以上は義務(安衛法66条の10)。50人未満は努力義務で、2028年4月1日から義務化。実施すれば経費 |
○=原則経費、△=条件付き、×=家事費(事業主貸)。
予防接種:受ける人で分かれ、医療費控除にも入らない
インフルエンザの予防接種を従業員の希望者全員に事業主負担で受けさせるなら、健診と同じ理屈で福利厚生費です。事業主本人の分は家事費になります。
予防接種は病気の治療でなく予防なので、本人の医療費控除の対象にもなりません。ただし、セルフメディケーション税制では「一定の健康診査や予防接種などを行っている」ことが適用条件の1つで、健診や予防接種を受けた事実は対象医薬品の購入額を控除するときに使えます(国税庁 No.1122)。
ジム・マッサージ:施設を従業員に開いているかで分かれる
事業主本人だけが通うジムの会費は、家事費です。健康維持や体力づくりは、事業をしていなくても行う生活の一部と見られます。デスクワークで腰を痛めたからといって整体代を経費にする理屈も立ちません。
従業員全員が利用できる法人契約のジムは、通達36-29の「福利厚生のための施設の運営費等」に当たり、福利厚生費です。事業主本人も一緒に使う場合は、利用実績で本人分を按分して事業主貸に振ります。
産業医・ストレスチェック:50人の線と2028年の変更
産業医の選任義務は常時50人以上の事業場です(労働安全衛生法第13条・施行令5条)。50人未満でも任意に契約したり、地域産業保健センターを使ったりする費用は、従業員の健康管理のための支出として経費です。
ストレスチェックは常時50人以上の事業場に義務があり、50人未満は当分の間努力義務でした。2025年5月に公布された改正労働安全衛生法で、2028年(令和10年)4月1日から50人未満の事業場にも義務化 されます(厚生労働省 ストレスチェック制度)。従業員が数人の個人事業主も対象に入るので、実施費用の科目は今のうちに福利厚生費で固定しておくと移行が楽です。
健康管理の支出を科目に分ける
- 健診・予防接種・ジム・産業医にかかった支出
- 受けたのが事業主本人健診・人間ドック・予防接種・ジム・整体=事業主貸。重大な疾病が見つかり治療した年の健診だけ医療費控除
- 受けたのが従業員(法定の範囲)雇入時・定期・特定業務・特殊健診=福利厚生費。費用は事業者負担が義務
- 受けたのが従業員(法定外)人間ドック・予防接種・ジム=全員対象・一般的・直接払いなら福利厚生費。外れると給与
- 受けたのが専従者原則事業主貸。従業員と完全に同一条件のときだけ福利厚生費で説明
- 事業場全体の健康管理産業医報酬・ストレスチェック=福利厚生費または支払報酬
最初の分岐は「誰が受けたか」。次に「法定の範囲か」「全員対象か」
図:健康管理の支出は受けた人→法定の範囲→全員対象の順に見ると科目が決まる
経費にならない健康診断は医療費控除で取り戻せる?|No.1122と所基通73-4の条件
事業主本人の健診費用が経費にならないなら、確定申告の医療費控除に入れられないかと考えるのが自然です。答えは原則として対象外で、例外が1つだけあります。
健診・人間ドックは原則対象外、重大な疾病が見つかれば対象
医療費控除の対象は、医師等による診療または治療の対価です。健康診断の費用は疾病の治療を行うものでないため、原則として医療費控除の対象になりません(国税庁 No.1122 Q1)。
例外は、健診の結果重大な疾病が発見され、かつ、その診断に引き続きその疾病の治療を行った場合です。このときは、健診が治療に先立つ診察と同じ性格を持つと考えられ、健診費用も医療費控除の対象になります(所得税基本通達73-4)。メタボリックシンドロームの特定健診も同じ扱いで、高血圧症・脂質異常症・糖尿病と同等の状態と診断され、引き続き治療を受けた場合に対象へ入ります(同Q2)。
| 状況 | 健診費用の医療費控除 | 治療費の医療費控除 |
|---|---|---|
| 健診で異常なし | × | ― |
| 軽い異常で経過観察のみ(治療なし) | × | ― |
| 重大な疾病が見つかり、引き続き治療した | ○(健診費用も対象) | ○ |
| 健診で異常を指摘されたが、別の年に治療を始めた | 原則×(「引き続き」に当たらない) | ○(治療した年) |
必要経費と医療費控除は別の制度
「重大な病気が見つかれば健診費用も必要経費にできる」と書いた記事を見かけますが、条文の混同です。73-4は医療費控除(所得控除)の通達で、事業所得の必要経費の話ではありません。病気が見つかっても、事業主本人の健診が必要経費になることはありません。
医療費控除は、その年に支払った医療費から保険金等で補填される金額を引き、さらに10万円(総所得金額等が200万円未満ならその5%)を引いた残りが控除額です(国税庁 No.1120)。健診費用1万円だけで控除に届くことはまれで、治療費や家族の医療費と合算して初めて意味を持ちます。
事業主本人の健診費用を事業用口座から払った場合は、仕訳は事業主貸にし、医療費控除の対象になる年は領収書を確定申告書の医療費控除の明細書に転記します。帳簿と申告書で2回使う書類なので、事業の領収書とは別に保管します。
従業員の健診は福利厚生費、自分の人間ドックは事業主貸、医療費控除に回す領収書はタグ付けして分ける。この振り分けを、レシート撮影のあとに科目を選ぶだけで済ませられます。従業員への給与課税が要る現金精算と、非課税の直接払いも、支払先の登録で見分けがつきます。個人事業主向けのプランを30日間試せます。
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仕訳例と青色申告決算書の「福利厚生費」欄の書き方
青色申告・事業用口座とカードで統一した前提で書きます。私用の財布から払ったときは事業主借で受けます。
仕訳例1:従業員2人の定期健診24,000円を医療機関へ事業用口座から振込
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 福利厚生費 | 24,000円 | 普通預金 | 24,000円 |
摘要に「定期健康診断・従業員2名・○○クリニック」と書きます。健診費用は消費税の課税取引なので、課税事業者は課税仕入れとして処理します。
仕訳例2:事業主本人の人間ドック55,000円を事業用カードで支払い
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 事業主貸 | 55,000円 | 未払金 | 55,000円 |
事業用カードで払っても経費にはならないので、事業主貸で事業の外へ出します。翌月の引き落としで未払金を普通預金と相殺。重大な疾病が見つかり治療した年は、この領収書を医療費控除の明細書に使います。
仕訳例3:従業員が立て替えた人間ドック40,000円を現金で精算した
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 給料手当 | 40,000円 | 現金 | 40,000円 |
現金での精算は現物給付に当たらず、給与として源泉徴収の対象です。福利厚生費にしたいなら、次回から医療機関と直接契約し、請求書を事業主宛にしてもらいます。
仕訳例4:従業員全員と専従者の配偶者が同じ健診を受け、36,000円を直接払い
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 福利厚生費 | 24,000円 | 普通預金 | 36,000円 |
| 事業主貸 | 12,000円 |
従業員2人分は福利厚生費、専従者1人分は安全側で事業主貸に分けた例です。全員が完全に同一条件で、専従者分も福利厚生費で説明する方針なら、摘要に「従業員と同一内容・同一手続き」と書き、案内文書を保存します。
決算書のどの行に書くか
| 様式 | 福利厚生費 | 事業主貸 | 給与課税になった分 |
|---|---|---|---|
| 青色申告決算書(一般用) | 損益計算書の経費欄に専用の行あり | 貸借対照表の資産の部「事業主貸」に集計(損益に出ない) | 「給料賃金」の行。専従者分は「専従者給与」の行 |
| 収支内訳書(白色・一般用) | 経費欄に専用の行あり | 記載欄なし(経費に入れないだけ) | 「給料賃金」の行 |
福利厚生費の行は、従業員がいない事業主の決算書では空欄が普通です。一人で事業をしていて福利厚生費に金額が入っていると、本人の健診やジムを入れていないかを見られます。従業員がいる場合も、年間の福利厚生費が給与総額に比べて不自然に大きくないかが確認の観点です。
経費全体の考え方は個人事業主が経費にできるもの一覧、国民健康保険料・国民年金の社会保険料控除は個人事業主の国民年金・国民健康保険・社会保険で整理しています。事業と生活が混ざる支出の判定は交際費・自宅家賃・自動車税・車検・スマホ代・パソコン代の記事で同じ枠組みを使っています。
よくある質問
Q1. 個人事業主本人の健康診断費用は経費になりますか?
なりません。事業主本人の健診・人間ドックは所得税法45条の家事費で、必要経費に入りません。健診を福利厚生として非課税にする所得税基本通達36-29は「使用人」が受ける場合の規定で、自分を雇えない個人事業主本人は対象外です。事業用口座から払ったときは事業主貸で処理します。
Q2. 従業員を1人だけ雇っています。健康診断は義務ですか?費用は経費にできますか?
義務です。常時使用する労働者を1人でも雇えば、雇入時と1年以内ごとに1回の定期健診を実施しなければなりません(労働安全衛生法66条・安衛則43〜44条)。費用は事業者が負担するものとされ、福利厚生費として全額が経費になります。週の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上で1年以上働く見込みのパートも対象です。
Q3. 妻を青色事業専従者にしています。妻の健康診断代は福利厚生費にできますか?
原則としてできません。生計を一にする家族への支払いは所得税法56条で必要経費に入らず、57条が例外にしているのは届出の範囲内の給与だけです。夫婦だけの事業では安衛法上の労働者もいないので、法定健診の義務も発生しません。他に従業員がいて全員が完全に同じ健診を同じ手続きで受ける場合に限り、福利厚生費で説明できる余地があります。
Q4. 建設業の一人親方です。現場に入るために受けた健康診断は経費になりますか?
税務署の判断が分かれる論点で、国税庁が経費と認めた公表資料はありません。一人親方は安衛法上の労働者でないため健診義務がなく、原則は本人の家事費です。経費にするなら、元請の入場条件を示す文書・契約書・提出日の記録を領収書と一緒に保存し、法定健診と同じ項目の範囲にとどめます。迷う場合は事業主貸に振るのが安全側です。
Q5. 経費にならなかった人間ドックの費用は医療費控除の対象になりますか?
原則として対象外です。人間ドック・健康診断は治療ではないので医療費に当たりません(所得税基本通達73-4)。例外は、健診で重大な疾病が発見され、かつ、引き続きその疾病の治療を行った場合で、このときは健診費用も医療費控除に含められます。病気が見つかっても、事業所得の必要経費になるわけではありません。
Q6. 従業員のインフルエンザ予防接種やジムの会費を事業主が払ったら経費ですか?
希望者全員を対象にして事業主が費用を負担するなら、福利厚生費として経費です。特定の従業員だけに出すと、その人の給与として源泉徴収が必要になります。ジムは従業員全員が利用できる契約であれば通達36-29の福利厚生施設に当たり、事業主本人が使う分は按分して事業主貸に振ります。事業主本人だけの予防接種・ジムは家事費です。
まとめ|個人事業主の健康診断は「誰が受けたか」と「法律上の義務があるか」で決まる
個人事業主の健康診断費用は、金額や検査内容で決まりません。受けたのが使用人かどうか、法律で事業者に義務と費用負担が課されているかどうかで決まります。
この記事のまとめ
- 事業主本人の健診・人間ドックは家事費(所得税法45条)。通達36-29の「使用人」に当たらず福利厚生費にできない
- 従業員がいれば雇入時と年1回の定期健診が義務(安衛法66条・安衛則43〜44条)。費用は事業者負担で福利厚生費
- 人間ドック・予防接種・ジムを従業員に出すなら全員対象・一般的な内容・直接払い。現金精算は給与
- 青色事業専従者の健診は原則経費にならない。57条の例外は給与だけ、安衛法上も労働者でない
- 一人親方の現場入場用健診は判断が分かれる。元請文書を保存し、迷うなら事業主貸
- 健診費用は医療費控除の対象外。重大な疾病が見つかり引き続き治療した年だけ対象(所基通73-4)
- ストレスチェックは2028年4月1日から50人未満も義務。実施費用は福利厚生費
健診の領収書は、誰の分かを摘要に書いて福利厚生費と事業主貸に分けるだけで判定が終わります。従業員の健診を医療機関へ直接払いにしておけば、給与課税の問題も起きません。
従業員の健診費用の福利厚生費、本人分の事業主貸、医療費控除に回す領収書の管理を、レシート撮影と科目の選択だけで済ませられます。青色申告の65万円控除に必要な複式簿記も、仕訳の知識なしで進められるプランを30日間試してから決められます。
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免責事項
※本記事は2026年9月時点の公開情報・国税庁および厚生労働省の公式資料をもとにした整理です。筆者は税理士・社会保険労務士ではなく、フリーランスとして自分の申告を行ってきた一当事者です。健康診断費用の経費性・福利厚生費と給与の区分・専従者や一人親方の取り扱い・医療費控除の適用は、事業内容や改正により異なります。個別の税務判断は所轄の税務署または税理士など有資格者へ、労働安全衛生法上の義務は労働基準監督署へご確認ください。

